滋賀県大津市堅田、近江八景の一つ「堅田の落雁」で知られる満月寺浮御堂の近くに、浄土真宗大谷派の寺院・光徳寺があります。蓮如上人ゆかりの寺として知られ、境内には「堅田源兵衛父子殉教之像」が安置されています。また、堅田源兵衛の首と伝えられる髑髏も安置されおり、信仰のために命を懸けた父子の物語を今に伝えています。

その昔、浄土真宗の中興の祖とされる蓮如上人が生きた時代、蓮如は、当時小さな寺院に過ぎなかった本願寺の勢力を、熱心な布教活動によって大きく発展させた人物です。彼は比叡山からの圧力が強まるなか、布教の拠点としていた堅田を離れ、北陸の越前国吉崎へ移ることになりました。その際、宗祖・親鸞の木像である御真影を、比叡山と対立していた三井寺に預けていきました。
その後、布教に成功した蓮如は京都へ戻り、1483年には山科本願寺を建立しました。そこで三井寺に預けていた御真影の返還を求めますが、三井寺側は「生首を二つ差し出せば返す」と要求したそうです。
この話を聞いた堅田の漁師・源兵衛は、父の源右衛門に自らの首を差し出すよう願い出ました。「今こそ阿弥陀如来の御恩に報いるとき」と決意を固める息子を前に、父は苦悩しながらも、その願いを受け入れて源兵衛の首を刎ねました。
源右衛門は源兵衛の首を携えて三井寺を訪れ、もう一つの首は自分自身のものだと告げました。まさか命を懸けて要求に応じる者がいるとは思わなかった三井寺側は、父の覚悟に驚き、親鸞の御真影と源兵衛の首を引き渡したと伝えられています。

現在、光徳寺には、父が息子の首を刎ねようとする場面を再現した父子の銅像があり、訪れる人々にこの壮絶な伝承を伝えています。父の源右衛門はその後、90歳で亡くなるまで諸国を巡礼し続けたとされています。

光徳寺は、堅田の歴史と浄土真宗の信仰を知る上で、貴重なゆかりの地です。浮御堂を訪れた際には、源兵衛父子の深い信仰と親子の覚悟を今に伝えるこの寺にも足を運んでみてはいかがでしょうか。

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