滋賀県大津市膳所一丁目周辺に広がる旧膳所城下町は、江戸時代の面影を今に伝える歴史的な町並みが残る地域です。
膳所は、天智天皇が大津宮を置いた時代には、宮廷へ献上する魚を調達した場所で、当時は「陪膳浜(おものはま)」と呼ばれていました。
江戸時代初期、徳川家康は軍事・交通の要衝である瀬田の唐橋や東海道を掌握するため、大津城を廃城として新たに膳所城を築きました。商業の中心を大津、軍事の拠点を膳所とする役割分担が図られたと考えられており、膳所は城下町として発展を遂げます。
城下町は西庄村、膳所村、別保村など五つの村にまたがり、その中央を東海道が貫いていました。東西には町家や武家屋敷が整然と並び、北には大津口総門、南には瀬田口総門が設置されていました。
貞享2年(1685)の『淡海録』の記録によると、膳所城下には侍屋敷499戸、町家409戸、寺院22か寺が存在し、総人口は3,000人を超えていたと伝えられています。
当時の膳所が、近江有数の城下町として繁栄していたことがうかがえます。
現在も京阪電車と平行して延びる旧東海道沿いには、往時の風情を感じさせる町並みが残されています。旧武家屋敷跡の土塀や、敵の侵入を防ぐために意図的に曲げられた小路などは、城下町ならではの特徴です。歩いていると、まるで江戸時代へタイムスリップしたかのような気分を味わえます。
また、縁心寺や安昌寺など、歴史あるお寺も見どころです。安昌寺には幕末に起きた「膳所事件」の犠牲者が眠っています。1865年に、尊王攘夷思想を抱いた膳所藩士11人が、将軍徳川家茂暗殺計画の嫌疑をかけられ処刑された事件であり、幕末の激動を今に伝える歴史の舞台でもあります。
旧膳所城下町は、城下町の面影と幕末維新の歴史が息づく貴重な地域です。ゆっくりと町を歩きながら、幾重にも積み重ねられた歴史の足跡に触れてみてはいかがでしょうか。
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